電子足跡:下田街道歩き
浄蓮の滝から修善寺を通り三島大社へ

プロローグ
以前 下田街道を 下田港‐天城トンネル‐浄蓮の滝 と歩いたのは2014年でした。それから10年経って、残りの浄蓮の滝から三島大社まで2日かけて歩きました。この道は伊豆半島の中央部を 浄蓮の滝、湯ヶ島、修善寺、三島大社 と続いています。三島大社の門前を通る道は旧東海道で、下田街道は三島大社の門前で旧東海道に合流しています。
浄蓮の滝は、石川さゆりさんの"天城越え"に出てくるのでご存じの方も多いと思います。
湯ヶ島、修善寺と言えば温泉地として有名です。下田街道はその温泉地のそばを通りますが、さすがに三島市街は賑やかですが、街道筋は派手な感じはなく、むしろ静かな感じがする道でした。
湯ヶ島は "しろばんば" "天平の甍" "氷壁" などの小説で知られる 井上靖が幼少期を過ごした町で母親の実家が保存されていました。
歩きのデータ
| 都道府県 | 区間 | ビューポイント等 | 歩いた日 | GPS 移動距離 |
| 静岡県 | 浄蓮の滝~修善寺駅 | 浄蓮の滝、湯ヶ島、上の家(井上靖 生母の実家)、小説しろばんば文学碑、修善寺 | 2024/06/08 | 15.8㎞ |
| 静岡県 | 修善寺駅~三島駅 | 横瀬愛童将軍地蔵、大仁宿、長嶋茂雄ロード、富士山の眺望、原木宿、三島宿、三島大社 | 2024/06/09 | 18.6㎞ |
| 合計 | 34.4㎞ |
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| GPSログをGoogleEarthで ツアーする方法 |
かんたんルート地図
下田街道 浄蓮の滝から三島大社
富士山五景
今回、浄蓮の滝から伊豆半島を北上するかたちで歩きました、北上すると言うことは富士山に向かって歩いて行く事になります。街道筋からも富士山の雄大な姿を望む事ができました。という言うことで最初に富士山の写真を掲載します。
宋光寺付近

田京駅付近

同上

道の駅 伊豆ゲートウェイ函南 付近

同上
浄蓮の滝
なんと言っても、石川さゆりさんの "天城越え" で歌われる 浄蓮の滝 がこの滝の印象を決定付けています。滝壺のそばに歌碑があります。




天城越え
石川さゆり
YouTube
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浄蓮の滝から湯ヶ島宿へ
現在は下田から伊豆半島の中央部を経由して沼津市に行く国道414号線が通っています。下田街道は国道414号線を縫うように通り、ところどころ国道に合流しながら続いています。下の写真はキリスト教系の宗教施設の下側、本谷川の支流に続いている下田街道です。



湯ヶ島宿
川端康成の小説 伊豆の踊子 の冒頭には、"一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊り、湯ヶ島温泉に二夜泊り、・・・・・" と書かれています。
湯ヶ島温泉は宿場から少し西に行った所の温泉地です。川端康成も踊子達一行もこの道を歩いて下田に向かったのでしょう。


しろばんば の舞台
『しろばんば』は井上靖の自伝的小説ですが、作者の井上靖は湯ヶ島で育ち、上の家 は 井上靖の母 八重の実家です。
上の家


しろばんば文学碑
小説 しろばんば は作者の井上靖が少年時代を過ごした湯ヶ島が舞台になっているそうです。湯ヶ島から修善寺
湯ヶ島を過ぎると空が広くなった感じがします。下田街道は狩野川だ作った小さな河岸段丘の上に続いています。
嵯峨沢温泉付近


山岸付近


大平付近
多くの旅人を見守った風化した石仏が歴史を感じさせてくれます。
民家のすぐそばを下田街道が通っています。まるで私道か?と思える感じの所もありましたので通行するときは注意して、もし私道の様でしたら迂回をお願いします。




修善寺
今日のゴール修善寺駅です。狩野川と桂川の合流地点です。
私の勝手なイメージでは、修善寺駅周辺は温泉街になっていると思っていました。ですが駅周辺には温泉を感じさせる物はなく、拍子抜けしてしまいました。温泉街は駅から数㎞西に行った桂川のほとりに続いています。


いつか、修善寺温泉の老舗旅館に泊まって、のんびりと温泉に浸かって過ごしたいものです。修善寺
日にちは変わって6月9日。昨日のゴール修善寺駅からスタートです。曇りがちの天気で富士山の眺望は望めないかと思い歩き始めましたが、幸いな事に途中で一時雲が切れて雄大な姿を望む事ができました。
横瀬愛童将軍地蔵
修善寺駅を出て狩野川を渡った所に鎮座していました。
説明版によると、源頼朝亡きあと、源氏から北条に政権が移るときの悲劇、とりわけ修善寺に幽閉されていた二代将軍頼家の惨殺に心を痛めた里人が鎮魂の為に、この地に建立したとの事です。
政権が移るときの悲劇はNHK大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』で描かれたのでご存じの方も多いと思います。


大仁宿
大仁宿の手前、狩野川に架かる大仁橋から見えた富士山。山頂付近は雲に隠れていました。長嶋茂雄ロード
大仁は長嶋茂雄さんが昭和42年から7年間キャンプ前に自主トレーニングをしていた地との事です。注:左の写真をクリックすると、大きな画像が開きます。
大仁市街を越えた付近から徐々に雲が切れはじめ富士山を望める様になりました。


大仁宿から原木宿
田京駅付近
やはり富士山が見えると気分が上がります。



原木宿
原木宿は、世界遺産に登録された現存する韮山反射炉が在る現在の韮山市付近に在った宿場です。

道標
右三島ニ至るル 左沼津ニ至ル


風化が激しいですが、道標の隣にあった道祖神です。道祖神は道の分かれ目や村の入口に設置する事が多かったので、古くからこの場所に在ったのだと思います。
三島宿
いよいよ、旧東海道との合流点まであと900mほどの地点に来ました。




ゴールです。 旧東海道と下田街道の追分

東海道五十三次 三島 朝霧 安藤広重

三島大社


歩き終わって、三島大社のそばのお土産屋さんを覗いていたら、一陣の風が吹き抜け店先の風鈴が一斉に鳴り始めました。
涼やかな音色と共に、汗ばんだ身体を風が吹き抜け爽やかな気持ちになりました。
音量注意!
エピローグ
浄蓮の滝から三島大社まで歩きました。最初に下田街道を歩いたのは2014年の春です。神奈川県藤沢の会社で仕事をする事になり、藤沢に引っ越した事がきっかけで下田街道を歩きました。
それ以後仕事も忙しくなった事と、まずは五街道を歩く事を優先したので下田街道は後回しになってしまいましたが、やはり中途半端にしていると、どこか心の隅に棘が刺さっているような気持ちが残っていました。
これで小さな心の棘もとれて気が楽になりました。
END
2026年01月08日作成
Column
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東海道三島宿