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電子足跡: 旧青梅街道歩き旅
青梅宿から氷川宿(奥多摩駅)へ
多摩川渓谷を遡る道

プロローグ
 

 このページは旧青梅街道を青梅宿からJR青梅線の終着駅の奥多摩駅がある氷川宿まで歩いたときのページです。

 これまで新宿から青梅まで武蔵野台地を歩いて来ました。
青梅からは多摩川渓谷に沿った曲がりくねった、アップダウンのある道になります。
多摩川も普段見慣れている緩やかに流れる川面から、急峻な山塊の中を流れる渓谷に変わり風景が一変します。
旧青梅街道沿いも、古刹や石仏などが残り旧街道の雰囲気が色濃くなります。

東京の "山の手" は扇状地
 下図を御覧ください。人口が密集する武蔵野台地は青梅を扇頂部とし、山手線東側付近を扇端部とする多摩川が作った扇状地です。さらにその上に富士山噴火により形成された関東ローム層が覆っています。
 高低差の地図で東京都を見ると山手線東側の下町、山手線西側の山の手地区とは地形が明確に異なる事がわかります。
大きな扇状地とその東側の低地に世界的大都市東京が形成されています。その大地に、多くの人達の喜びや悲しみが織りなす暮らしが営まれています。
武蔵野台地の高低差図。武蔵野台地は多摩川が作った扇状地。

歩きデータ
都道
府県
区間 宿場・ビューポイント等 歩いた日 GPS
移動距離
東京都 JR青梅線
青梅駅‐奥多摩駅
青梅宿、旧稲葉家住宅、へそまん総本舗、石神の大イチョウ、瑞龍山海禅寺、多摩川、軍畑大橋、生蕎麦玉川屋、奥多摩フィシングセンター、奥多摩大橋、川井橋・八雲橋、将門神社、数馬の切通、数馬隧道、氷川宿、奥多摩駅
2025/04/25 23.2㎞

 GPSログをGoogleEarthでツアーする方法
 kmz形式のGPSデータがリンクされています。GoogleEarthがインストールされているとGoogleEarthで表示されます。








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青梅宿
 




旧稲葉家住宅
江戸時代に青梅宿の町年寄を務めた家柄で、有数の豪商だったそうです。
主屋の道路側は店舗として使用され、奥には土蔵などがあったそうです。



青梅駅から西に1.5㎞ほど歩くと、国道411号線から外れて多摩川の方に進みます。


多摩川
林立するビルに囲まれて流れる多摩川からは想像するのが難しい流れです。




1.2㎞程多摩川沿いを歩くと、また国道411号線沿いに続く道に戻ります。

へそまん総本舗
411号線にへそまん総本舗と書かれた大きなお店がありました。気になったので購入して店先で食べさせて頂きました。たっぷりの餡を薄皮が包んで真ん中にへそがありました。歩いているときに甘いものを食べると気力が湧いてくる感じがします。


石神の大イチョウ
この地域の氏神として崇敬されている神社です。社殿の隣のイチョウは幹回り6.4mよのことです。


瑞龍山海禅寺
二俣尾駅の直ぐそばに建立されている曹洞宗のお寺です。
観光地化されていない、日本的なしっとりとした風情のあるお寺でした。




軍畑大橋
ここが多摩川?って思うような風景です。羽田の多摩川河口から直線距離でおよそ60㎞の地点です。


深山幽谷の風景?
軍畑駅手前の多摩川の支流、平溝川の写真です。ものすごく山奥の写真の様ですが、JR青梅線から200m、国道411号線からは350mほどしか離れていません。




御嶽駅周辺

生蕎麦 玉川屋


慈恩寺の石仏


御嶽駅


写真右:青渭通り


奥多摩フィッシングセンター
写真左:下流側から   写真右:上流側から


奥多摩大橋
平成7年(1995)に架けられた、多摩川に架かる斜張橋(しゃちょうきょう)。
支間が黄金比で設計されているそうです。

川井橋・八雲橋
国道411号線の隣にひっそりと残っています。左側の親柱に"昭和9年9月成"と刻まれていました。昔の旧青梅街道はほぼこのくらいの道幅だったのでしょう。


川井橋・八雲橋を渡ると国道411号線から離れ、坂を登って少し上の道を進みます。
坂を登って川井橋・八雲橋から150m程度離れた場所には、かつての道が微かに残っています。

川井八雲神社
境内に舞台がある神社です。古来から、お祭りのときは地域の人達が神楽を奉納していたのではないかと思います。
前出の昭和9年に架けられた橋の名前が"川井橋"と"八雲橋"だったのはこの神社に由来しているのかと思いました。


古里(こり)駅付近の青梅街道




将門神社
鳩ノ巣駅手前の国道411号線と城山トンネル方面に分かれる交差点に "将門" と表示されていました。
なんで奥多摩に 『将門?』 と思い、訪れてみました。山中の尾根筋にひっそりと鎮座している神社でした。
由緒を調べたら、平将門とは直接は関係なく、戦国期にこの付近を治めていた、将門の後裔を自称していた三田氏が、日本武尊が東国平定のときにスサノオ命と大国主命を祀った社を将門神社として整備したのが起源だそうです。

日本武尊の東征のときに、ここに祠を祀っのが史実だとすると、景行天皇40年(西暦110年)頃には、この地に人が住みついていた事になります。

境内から見えた棚澤地区


将門神社から鳩ノ巣駅に向かう青梅街道


鳩ノ巣駅遠望


数馬の切通
数馬の切通は、白丸(現白丸駅)から氷川(現奥多摩駅)まで、南側は急峻な渓谷で道を作れず、山越えする以外に道はなく、旧青梅街道の中でも難所と言われていました。元禄16年(1703)から約3年かけて開削され山越えをすることなく通行できるようにした道です。岩盤に火を焚いて熱くなったところに水で急激に冷やし、ツルハシと石鑿で穿って道を通しました。






行き止りでした。
切通がある部分は、通行可能ですが、その先は行き止りになっています。引き返して国道411号線に出ました。

数馬隧道
数馬の切通は現在の白丸トンネルの上にあります。
411号線に戻って南に進むと直ぐに白丸トンネルに出会います。
白丸トンネルの左側に旧道が残っていて、旧道には大正12年(1923)に掘られた数馬隧道が残っています。ツルハシや石鑿の跡が残るようなトンネルです。


氷川宿(現奥多摩駅付近)
 

数馬隧道を通って、多摩川が南に蛇行する先端の日向地区を曲がると、旧青梅街道は現在の411号線の少し上を通っていたようなのですが、地理院地図にはその道の記載はありません。
歩いたときそれらしい道の所に行きましたが『あぶないから入ってはいけません』の表示とともに柵が設置してありました。
それで国道411号線の新氷川トンネルを歩いて奥多摩駅に向かいました。
ただ、今地図をよく見ると、新氷川トンネルの多摩川よりに旧道が残っているようですのでそちらを歩いた方が良かったかもしれません。
ほどなく、JR青梅線の終着駅 奥多摩駅に着いて今日の歩きは終わりです。山岳建築様式の駅舎が出迎えてくれました。

写真:奥多摩駅周辺と奥多摩駅


エピローグ
 

青梅から多摩川渓谷に続く旧青梅街道を歩きました。
青梅からは風景が一転し、渓谷の中に続く旧青梅街道は東京都とは思えない自然豊で石仏や古刹が残る良い道でした。
季節がら芽生えたばかりの新緑、なんという色なのか言葉が分からない緑色の中を歩きました。


END

2026年02月25日 作成

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